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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)91号 判決 1982年10月28日

原告 カール ジュスコマンディト ゲゼルシャフト

右代表者 ビンフリート ジュス

右訴訟代理人弁理士 丹羽宏之

右訴訟復代理人弁理士 島根定雄

同 大内康一

被告 特許庁長官若杉和夫

右指定代理人 関本芳夫

<ほか二名>

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

この判決に対する上告期間につき、附加期間を九〇日とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が同庁昭和五六年審判第一〇〇八九号事件について昭和五六年一二月二三日にした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「シム修正ヘッドの位置合せ装置」とする発明につき、一九七六年二月二五日ドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和五一年一二月二〇日特許出願をしたところ、昭和五五年一二月三日拒絶査定を受け、その謄本が昭和五六年一月二一日原告代理人に送達されたので、昭和五六年五月一九日これに対する審判を請求し、特許庁昭和五六年審判第一〇〇八九号事件として審理されたが、昭和五六年一二月二三日右審判請求を却下する旨の審決があり、その審決の謄本は昭和五七年二月一〇日原告代理人に送達された。

二  本件審決の理由の要点

本件特許出願に対する拒絶査定が昭和五五年一二月三日付でなされ、その謄本が昭和五六年一月二一日に審判請求人である出願人の代理人に送達されたことは、芝郵便局の郵便物配達証明書によって明らかである。

しかして、拒絶査定に対する審判請求の期間は、特許法第一二一条の規定により拒絶査定謄本の送達を受けた日から三〇日とされているが、右期間は特許法第四条の規定により特許庁長官の職権で二か月延長されたので、本件拒絶査定に対する審判の請求は、拒絶査定謄本の送達の日の翌日である昭和五六年一月二二日から起算して三〇日プラス二か月である昭和五六年四月二〇日までになされなければならない。しかるに、本件審判の請求は、昭和五六年五月一九日になされているので、期間を経過した後の不適法な請求であり、その欠缺は補正することができないものである。

したがって、本件審判の請求は、特許法第一三五条の規定により却下すべきものである。

三  本件審決の取消事由

本件審決には、次のとおり、これを違法として取消すべき事由がある。

本件特許出願に対する拒絶査定は、その謄本が昭和五六年一月二一日に日本国における原告の代理人に送達された。そこで、原告代理人はその旨をドイツ国における原告の代理人ヘルムート・シュペート氏に連絡したところ、同氏より適切な指示を得ることができず、法定期間内に審判請求をすることができなかった。審判請求時、右シュペート氏は悪性腫瘍におかされて入院を余儀なくされ、円滑に仕事をすることができないことが判明した。日本国における原告の代理人は右事情のため、審判請求期間は経過したが、本件は特許法第一二一条第二項の規定に該当するものと認識し、その主張立証は後日の審判審理過程においてなすべく、昭和五六年五月一九日審判請求をしたうえ、資料の収集に入った。ところが、シュペート氏の病状は、日々悪化し、昭和五六年九月一九日に死亡した。同年九月二八日、故シュペート氏の夫人グレーテ マリー シュペート氏より、弁理士フラッハ氏が本件出願事件を引継ぐ旨の通知があり、さらに右フラッハ氏より、昭和五七年一月四日付書面で、本件出願事件は弁理士ボシウス氏が引継ぐ旨の通知があり、右ボシウス氏より、同年一月二六日付書面で確認の通知があった。このようにドイツ国における原告の代理人が次々と変わり、審判請求遅延の証拠を整えようと準備していた段階で本件審決の送達を受けたものである。

本件は、前述のように、責に帰すべからざる事由によって請求期間を徒過したものであり、特許法第一二一条第二項の規定に該当するものである。すなわち、わが国における特許管理人とドイツ国における依頼者の代理人との関係は、例えばわが国における代理人と依頼者との関係に比肩すべきものであるところ、本件は、昭和五六年九月一九日、原告と一体とみるべきドイツ国における代理人ヘルムート・シュペート氏の死去に伴ない、ドイツ国における代理人フラッハ氏がこれを引継いだうえ、同年九月二八日その旨の通知が日本国における原告の代理人になされたものである。しかして、本件は日本国における代理人により通常の審判請求期間経過後六か月以内に請求手続がなされているものであるが、フラッハ氏が本件を引継ぐ旨の通知がなされたことにより、前記審判請求は追認されたものとみることができるから、フラッハ氏の選任後にはじめて審判請求がなされた場合と実質的に差異はなく、責に帰することのできない理由消滅後一四日以内に審判請求があったものとみることができ、特許法第一二一条第二項の規定が適用されるべきものである。

特許法第一二一条第二項の規定の適用は、審判請求と同時にその主張立証をしなければならないものではなく、審判における爾後の手続においてこれをしても差支えない。そして、通常この主張立証のためには相当の期間を要する。一方、審判手続は職権主義で行なわれるものであるから、期間経過後の審判請求といえども、直ちにこれを不適法とすることなく、当事者に対する審尋その他の手続を尽くして審決をなすべきものである。このような審理を尽くさなかった本件審決は違法である。

第三被告の陳述

一  請求の原因一及び二の事実は、いずれも認める。

二  同三の主張は争う。審決に原告主張のような誤りはない。

特許法第一二一条第二項にいう「その責に帰することができない理由」とは、天災地変のような客観的な理由に基づいて手続をすることができない場合のほか、通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払ってもなお請求期間を徒過せざるをえなかったような場合をいうものである。しかるに、本件審判請求の場合、日本国において、その特許(登録)を得ることに関する一切の手続をなすべき権限を与えられた特許管理人に、審判請求期間内に予期せぬ事故が生じたわけではなく、まして、審判請求期間を経過したうえ、日本国内において何らの権限をもたないドイツ連邦共和国在住の代理人に死亡及び変更があったといっても、これは単にドイツ連邦共和国内における原告側の内部事情にすぎないものである。このような原告側の事情は、前記の「その責に帰することができない理由」には該当せず、原告の主張は理由がない。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因一及び二の事実は、当事者間に争いがない。

特許法第一二一条第二項にいう「その責に帰することができない理由により」請求することができないときとは、天災その他避けられない不測の事故によるもののほか、同条の審判を請求する者又はその代理人が通常用いると期待される注意を尽くしてもなお請求期間の徒過を避けることができないような事由によって期間内に請求することができないことをいうものであるところ、原告の主張するところは、要するに、ドイツ国における原告代理人であるヘルムート・シュペートが本件の審判請求期間中及びそれに引続く同人の死亡に至るまでの間、重篤な病気のため円滑に仕事をすることができない状態にあったというに止まり、そのような事情は、同条項にいう「審判を請求する者」又はその代理人(本件訴訟の原告代理人が特許管理人たる代理人であることは、原告の自陳するところである。)が、その責に帰することができない理由により、法定期間内に審判請求をすることができない場合に該当しないことは明らかである。よって、期間徒過を理由に、原告の審判請求を却下した本件審決に違法の点はなく、これが違法であることを理由にその取消を求める原告の請求は、原告主張のその余の点についての判断を加えるまでもなく、理由がない。

二  よって、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高林克巳 裁判官 杉山伸顕 八田秀夫)

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